山羊の歌/中原中也

あれほど不便になってしまった現代を遠ざけて来たというのに、それでも私の精神性は人を拒むことまではしなかった。

森に吹く風を”息吹”と呼ぶようになったのはいつからだろうか。私が山や森まで頻繁に出かけるようになったのは世間が自粛ムードに包まれてからだった。

パンデミックの最中に人との会話すら憚られたとき、多くの人々は自然や動物たちと対話し始めた。時が経つにつれ、やはり人は一人で生きてゆける精神を持っていないことに気づいた。故に人々は再び文化的な生活を望んだ。

私はどうだったのだろうか。川を流れる水の”声”、あたりに響き渡る小鳥たちの”歌声”、木々を揺らす森の”息吹”。私にとってはそのどれもが珍しいものばかりだった。いつしか背負う荷物は増え、より深く暗い自然を目指すようになった。

今日はそれほど太陽を見ることはなかった。いつもより肌寒く、いつもより暖かかった。あれほど不便になってしまった現代を遠ざけて来たというのに、それでも私の精神性は人を拒むことまではしなかった。

火を起こした。上着も羽織った。食事も済ませた。いつもならここから自然との対話を始めるが、今日は人の声に耳を傾けてみるのもいいかもしれない。森に吹く風の音にかき消されそうなその小さな声に、耳を傾けてみるのもいいかもしれない。

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