朗読について考える。

朗読とは、声を出しながら文章を読むことです。「朗読」という言葉自体には「感情をこめて読み上げる」という意味も含まれており、対義語は「黙読」となります。

朗読とはなにか


朗読の歴史的背景

歴史を振り返ると、識字率などの問題から読書の歴史は黙読よりもむしろ朗読が中心であったとされています。19世紀のイギリス中流階級のような教養のある家庭でも、小説や詩の朗読は家庭内の娯楽として親しまれていました。

日本における朗読文化

日本では、江戸時代には(江戸市中に限って)ひらがなの識字率がほぼ100%に達するなど、比較的教養レベルが高かったものの、当時は黙読の習慣がなく読書は基本的に朗読でした。

高札場に御触れが出ると皆が各々声を出して輪唱となり、貸本での読書も、区切りの良いところで読み手を替え、それを複数で聴く手法を採っていた。

一冊の本を複数人数で読み手を替えながら順番に読書を行う習慣があったとされています。これは現代の「群読」という演劇的手法にも通じる文化として受け継がれています。

詩と朗読の関係

詩人が自分の作品を声に出してうたい、または読むことは本来の仕事であり、日本でも万葉の古時はもとより中世の歌合にもみられるところでした。しかし、日本の近代においては詩その他の文学作品は黙読されるだけのものという観念が固定してしまい、現代にもその傾向は続いています。

演劇と朗読


朗読と演劇の関係は、特に20世紀に入ってから密接になりました。1891年、東京専門学校(現・早稲田大学)文学科の教授だった坪内逍遥は、学生とともに「朗読研究会」を創始しています。これは日本における朗読法研究の初めての試みであり、それが母体となって日本の新劇運動の源流の一つである「文芸協会」が生まれました。

俳優の基礎訓練としての朗読

こうして朗読は俳優の演技術研究の基礎として重視されるようになりました。朗読を通じて、声の表現力、感情の伝達、文章の理解と解釈など、演技に必要な基本的なスキルを身につけることができるからです。

朗読の多様な形式

朗読の形式としては以下のようなものがあります。

  • 1人で読む
  • 大勢でそろって読む
  • 数人で割り振って順番に読む
  • 役割を決めて戯曲などを読む

特に、1人読みあるいは役割読みと集団のそろい読みとを組み合わせた群読は演劇的手法としても用いられています。

現代の朗読に対する一般的な反応

現代の朗読発表会などでの聴衆の感想を見ると、朗読はそれそのものが演劇の一種として捉えられており、聴衆は朗読に対して一定の完成度を求めている傾向があります。

"どの朗読も情景が浮かび登場人物の表情やしぐさまで目に浮かびました。まさに声のドラマですね。"

このような反応は、朗読が単なる文章の読み上げではなく、表現芸術として認識されていることを示しています。

現代における朗読と可能性


朗読文化の現状と課題

読書自体が一般的な娯楽ではなくなった現代において、「朗読」の存在感はより一層薄れています。演劇や児童・障害者への読み聞かせなど、様々な文脈で行われる朗読が混在することで、一般の人々にとっては理解しづらいカオスな活動となり、「専門家のための特別な技能」という印象を与えてしまっているのではないでしょうか。

朗読の新しい可能性

朗読行為の合理性に基づく衰退が懸念されるものの、以下の2つの観点から朗読の新たな可能性を探究することができます。

1. 伝統芸能としての朗読

現在、多くの実践者によって取り組まれている分野です。イベントや朗読会、演劇会、さらにはVRなど、様々なプラットフォームを通じて朗読文化を継承・発展させようとする試みが行われています。

2. 新しい朗読文化の形成

もう一つの可能性は、日常生活に「朗読」という文化が自然に溶け込んでいくことです。ラジオを聴いたりジョギングをしたりするような日常的な活動のように、技術や体系にとらわれない朗読が、私たちの何気ない日常の一部となっていく文化の形成です。

日常に根ざした朗読文化の提案

新しい朗読文化の核となるのは、「気軽さ」と「日常性」、そして「高尚でないこと」です。例えば...

  • 家族との食事中に面白い記事を声に出して読み合う
  • 友人とお気に入りの小説の一節を共有する
  • 環境音やゆるやかなBGMと朗読が自然に調和した作品の制作
  • 睡眠時や学習中、運動中といった様々な生活シーンに適した朗読作品の普及

このような自然な形での朗読の復活は、単なる娯楽としてだけでなく、文字や文章をもっと身近なものへと変えるのではないかと考えられます。

朗読を身近にするための考え方

朗読を身近なものとして浸透させるには、従来の固定観念を見直す必要があります。

  • 朗読するものは「作品」でなくてもよい - 新聞記事や雑誌、友人とのLINEなど、何でも構わない
  • 文章を声に出すのに気張る必要はない - 日常的に何かを声に出すことは誰もが行っている
  • 人前で読む必要はない - 一人の空間で呟くように読んでも構わない
  • 作品を読み通す必要はない - 気に入った文節だけを声に出してもよい
  • 集中して聞き続けなくてもよい - 朗読は「そこにあるもの」として存在していればよい

朗読とは、読むことと聴くことがそれぞれ独自の世界として存在し、それらの世界が日常生活の中で自然に共存している状態のことなのかもしれません。これこそが、新しい朗読文化の本質的な姿なのではないでしょうか。

ふみを読む。